大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ヨ)2342号 判決 1963年10月30日

判   決

東京都中央区八重洲二丁目三番地

債権者

興和工業株式会社

右代表者清算人

盛谷盛

右訴訟代理人弁護士

倉田哲治

右輔佐人弁理士

滝野秀雄

同都港区芝新橋四丁目一番地

債務者

東和産業株式会社

右代表者代表取締役

小滝達郎

右訴訟代理人代護士

奥一夫

同都台東区龍泉寺町三百四十一番地

債務者

和地鞄嚢株式会社

右代表者代表取締役

和地富美男

右当事者間の昭和三十八年(ヨ)第二、三四二号実用新案権仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件仮処分申請は、却下する。

訴訟費用は、請権者の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

債権者訴訟代理人は、「一 債務者東和産業株式会社は、別紙(一)記載の携帯用保冷保温バツク(商品名コンスタント・クーラー)の製造および販売を、債務者和地鞄嚢株式会社は、右携帯用保冷保温バツクの製造を、それぞれしてはならない。二 債務者両名の前記携帯用保冷保温バツクおよび別紙(二)表示のラベルに対する占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏に保管を命ずる。三訴訟費用は、債務者らの負担とする」との判決を求め、債務者らは、主文同旨の判決を求めた。

(債権者の主張)

債権者訴訟代理人は、仮処分申請の理由および債務者らの主張に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  仮処分申請の理由

(一)  債権者は、次の権利を有する。

(1)実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)

登録番号 第四九二、二四〇号

考案の名称 携帯用保冷保温バツク

出   願 昭和三十一年六月十五日

出願公告 昭和三十三年六年二十四日

登   録 昭和三十四年四月八日

(2)商標権(以下「甲商標権」という。)

登録番号 第四六五、一三六号

出   願 昭和二十九年六月二十三日

出願公告 昭和二十九年十二月十四日

登   録 昭和三十年四月三十日

指定商品 旧第五十二類皮革およびその模造品製ケース

(3)商標権(以下「乙商標権」という。)

登録番号 第四九八、二〇八号

出   願 昭和三十年八月十五日

出願公告 昭和三十一年九月二十七日

登   録 昭和三十二年三月十六日

指定商品 旧第五十二類他類に属せざる保冷用鞄

(4)商標権(以下「丙商標権」という。)

登録番号 第四九八、二〇九号

出  願 乙商標権と同じ。

出願公告

登  録

指定商品)

(二)  本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書の登録請求の範囲の記載は、「図面に示すごとく、ポリエステル、イソシアネート系合成樹脂スポンヂの板状体aをポリエチレンの薄膜bを以て被膜したものを以て箱型を形成し、之が内面にはポリエチレンの被覆b′を、又外面にはビニール布又はビニール加工を施した織布cを被覆した胴体1の上面の一方の側に同一材料より成る蓋2を取著け、他の三ツの側面にフアスナー3を設け、且つ該フアスナーの内側にポリエチレン又はビニール系合成樹脂等のやや厚いストリツプ4をフアスナーよりも幅広く外方へ突出するように取著け、而して胴体1の左右の側面にはそれぞれビニール加工を施した織布のバンド5の両端5′、5′を固定した提手を設けた携帯用保冷保温バツグの構造」であり、甲、乙および丙の各商標登録出願の願書に添付した書面に表示した商標は、それぞれ別紙(三)、(四)および(五)表示のとおりである。

(三)  債務者東和産業株式会社(以下「債務者東和」という)は、スーツケース、保冷保温容器、ビニールバツグ等の製造、販売を業とし、債務者和地鞄嚢株式会社(以下「債務者和地」という)は鞄類の製造を業とするものであるところ、債務者和地は、債務者東和の下請として、別紙(一)記載の携帯用保冷保温バツグ(以下「本件コンスタント・クーラー」という)を製造し、債務者東和は債務者和地に製造させた本件コンスタント・クーラーを販売しているが、本件コンスタント・クーラーは、明らかに本件登録実用新案の技術的範囲に属するものである。なお、債務者両名は、現に、本件コンスタント・クーラーを占有している。

(四)  債務者両名は、現に、別紙(二)表示のラベルを本件コンスタント・クーラーに附し使用しているところ、右ラベルの表面に表示された商標は前記各登録商標と同一であるか、または類似している。なお、債務者両名は現在右ラベルを占有している。

(五)  よつて、債権者は債務者らを被告として、債権者らの本件実新案権および各商標権の侵害差止等の本案訴訟を準備中であるが、その勝訴判決をまつにおいては、回復しがたい損害をこうむるおそれがある。すなわち、債権者は、目下清算中の会社であり、本件実用新案権および前記各商標権がその唯一の資産であるから、これを処分して、すみやかに清算事務を結了させようとしているが、債務者らの前記行為のため、適当な譲受人を見出すことができない状態であり、著しい損害をこうむつている。

二  債務者らの主張に対する答弁

債務者らの主張する二の(一)および(二)の事実のうち、債権者が小滝達郎と、同人に本件実用新案権を譲渡する旨の契約を結んだこと、本件実用新案権について小滝達郎および同人が主宰する会社に対し通常実施権を許諾したこと、および債務者東和が小滝達郎から異議なく本件登録実用新案を実施しうる権利を譲り受ける旨の契約を結んだことは、いずれも否認する。また、債権者の本件仮処分申請は、何ら権利濫用と目さるべきものではない。

(債務者らの答弁等)

債務者らは、答弁等として、次のとおり述べた。

一  答弁

(一)  本件仮処分申請の理由(一)および(二)の事実は、認める。

(二)  同(三)の事実は、債務者両名が現に本件コンスタント・クーラーを占有している点を除いて、その余を認める。

(三)  同(四)の事実は、否認する。

(四)  同(五)の事実のうち、債権者が目下清算中であることは認めるが、その余の事実は否認する。なお、債務者和地の昭和三十七年度における本件コンスタント・クーラーの売上高は、全商品の売上高金四千万円中約金二百万円を占め、もし本件仮処分によりその製造等が禁止されれば債務者和地は、年間約百万円にのぼる損害をうけるに至る。

二  債務者らの主張

(一)  債務者は、昭和三十七年四月二十八日、小滝達郎と、本件実用新案権を同人に譲渡する旨の契約を結び(もつとも、この契約を原因とする実用新案権移転登録手続は未了)それと同時に、本件実用新案権について小滝達郎または同人の主宰する会社に対し通常実施権を許諾する旨の契約を結んだ。債務者東和は、小滝達郎が主宰する会社であり、昭和三十八年七月十日午前十時の本件口頭弁論期日において、債権者に対し、前記第三者のためにする契約につき受益の意思表示をした。したがつて、債務者東和は本件実用新案について通常実施権を有し、その下請である債務者和地も適法に本件登録実用新案を実施しうる地位にある。

(二)  仮りに、前記第三者のためによる契約が成立しなかつたとしても、債権者の本件申請は、権利濫用であるから、許さるべきではない。すなわち、債権者は、小滝達郎に本件実用新案権を譲渡する旨の契約を結び、実用新案権移転登録がされる以前においても、同人が本件登録実用新案を実施することに対し、何ら異議を述べないことを約した。債務者東和は、小滝達郎との契約により、本件登録実用新案を実施しうる権利を同人から譲り受けた。このような状況のもとにおいて、債権者が債権者らに対して本件コンスタント・クーラーの製造および販売の差止を請求するのは、権利の濫用である。

(疎明関係)≪省略≫

理由

仮りに債権者がその主張の実用新案権ないしは各商標権に基く差止請求権等の被保全権利を有するとしても、本件仮処分を必要とする緊急の必要性が疎明されない限り、本件仮処分申請は、結局却下を免れないことはいうまでもないところであるから、まず、本件仮処分の必要性の有無について審究するに、乙第一号証(譲渡証)中の債権者会社および債権者会社代表取締役の各印影がいずれも同会社の会社印および代表取締役の印章によるものであることについては債権者の認めて争わないところであるから、反証のない限り右各印影は真正に成立したものと認めるのを相当とする。この点に関し、債権者は右の各印影は何人かの冒用にかかるものである旨主張し、甲第九号証(盛谷春雄作成にかかる上申書と題する書面)の記載、証人盛谷春雄および債権者代表者の各供述中には、右主張に一応副うものがあるが、債務者東和代表者本人尋問の結果によりその成立を認めうべき乙第三、第四号証の各記載に、証人染谷三郎、同鈴木節子および同盛谷春雄(一部)の各証言ならびに債権者代表者および債権者ら代表者各本人尋問の結果を総合すると、昭和三十七年四月三十日ごろ小滝達郎が当時の債権者会社代表取締役盛谷春雄に対し本件実用新案権の譲渡方を申し入れ、両者間にこの点についての交渉が行なわれた事実のあること、ならびに右乙第一号証はそのころ作成されたことが窺えるところ、債権者会社では同号証に使用の各印章の取扱い、保管等については日ごろから慎重であり、ことに代表取締役の印章は右盛谷春雄または当時総務部長であつた盛谷盛が直接保管し、また、同年四月二十八日から同年八月ごろまでの間は債権者会社の倒産に伴う整理等のため右各印章ともに会社の顧問徳岡弁護士の手許に保管され、必要の都度同弁護士から借り出して使用されていたもので、右代表取締役盛谷春雄以外の者が勝手に使用しうる状況になかつた事実が一応認められ、これらの事実に照らすと、債権者の前示主張に副うところのある前掲各証拠は、にわかに措信しがたく、他に右推定を覆えし、債権者主張事実を肯認するに足る資料はない。

したがつて、右乙第一号証は全部真正に成立したものと推認すべく、同号証の記載および債務者ら代表者各本人尋問の結果によれば、債権者会社が昭和三十七年四月二十八日ごろ小滝達郎に本件実用新案権を譲渡した事実(登録手続未了)を一応認定しうべく、甲第九号証および証人盛谷春雄の証言中前記一応の認定に反する部分は、前掲各証拠と比照し、たやすく信をおき難く、他にこれを覆えすに足る証拠はない。

しかして、右一応の認定事実によれば、債権者会社は小滝達郎に対して本件実用新案権の譲渡人として移転登録に協力すべき義務を負うものであり、本件実用新案権を重ねて他に譲渡しうる地位にはないものといわざるをえない。したがつて、仮りに債権者の主張するように、債務者らの行為が本件実用新案権を侵害するものであり、このために本件実用新案権の転売価格が下落したとしても債権者会社がそれによつて損害をうけるものといえないことはもとより、債権者が小滝達郎のために債務者らの右行為の差止を求めなければならない事情にないことも弁論の全趣旨から明白であり、加うるに債権者が清算中の会社であること(この点は本件当事者間に争いがない)を考慮すると、結局本件においては債権者が仮処分をもつて債務者らの右行為の差止を求める緊急の必要性を欠くものといわざるをえない。

次に、弁論の全趣旨によれば、甲、乙および丙の各登録商標は債権者会社において専ら本件実用新案権の実施品たるコンスタント・クーラーに使用されてきたものであり、コンスタント・クーラーをはなれては殆んど価値のないものであることが一応認められ、かつ、債権者会社が本件実用新案権を他に転売しうる地位にないこと前記一応め認定のとおりである以上、仮りに債務者らに前記各商標権に対する侵害行為があつたとしても、それによつて債権者会社が著しい損害を蒙むるものとは認められない。さらに他に保全の必要性を肯定すべき事情があると判断すべき疎明もない。

よつて、債権者の本件仮処分申請は、その余の点を判断するまでもなく理由がないから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 武 居 二 郎

裁判官 佐久間 重 吉

別紙(一)

目録の図面の説明書

第一図は斜面図、第二図は蓋を開いて一部を切破つた斜面図、第三図は同上Ⅲ―Ⅲ線の拡大断面図で、ポリエステル系スポンヂの板状体(a)を以て箱形を形成し、之が内面にはポリエチレンの被膜(b)′を、又外面には紙(b)を貼着すると共にビニール加工を施した織布(c)を被覆した胴体(1)の上面の一方の側に同一材料より成る蓋(2)を取付け、他の三つの側面にフアスナー(3)を設け、且つ胴体(1)のフアスナー(3)の内側に合成樹脂シートの厚いストリツプ(4)をフアスナーよりも幅広く外方へ突出するように取付け、胴体(1)の左右の側面にビニール加工を施した織布のバンド(5)の両端(5)′(5)′を固定した提手を設けて成るもので、(6)は補強バンド、(7)は内箱、(8)は係止片である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例